
吉野川の中流域に位置する徳島県美馬市脇町は、江戸時代から明治時代にかけて阿波藍(あい)の集散地として栄え、その藍商人たちが南町通りに建てた土蔵造りの家屋の屋根には「うだつ」と呼ばれる防火壁を持ったものが多く見られました。
現存する「うだつ(卯建)」は約50個ほどですが、「格子窓」や「虫籠(むしこ)窓」と共に町並みを形成していることから「うだつの町並み」と呼ばれています。
| 「南町通り」は、東西約430mの道路に沿って立ち並ぶ白壁の古い町家や、その通りに交差し北に伸びた小路などで形成されています。 |
![]() |
![]() |
||
|
|
![]() |
![]() |
|
夕暮れ時になると、ナトリウムランプの照明が灯り始めます。
|
![]() |
![]() |
||
|
|
![]() |
![]() |
||
|
|
![]() |
![]() |
||
|
|
![]() |
![]() |
||
|
|
| 南町通りの南側には、かつての船着場があり、ここから阿波藍が吉野川を通って運ばれました。今も名残の石垣を見ることができます。 |
![]() |
![]() |
| 【道の駅 藍ランドうだつ】 うだつの町並みに隣接している道の駅です。藍ランドうだつ内の看板(写真右)には、「ここは藍商の船着場であった。棟門くぐり石段をあがると藍商の敷地へ通じている。多くの人夫たちが荷を担ぎ、舟積みの作業をした。」とあります。 ※駐車場大型5台・普通39台・ 身障者用1台 |
南町通りに交差する小路には、かつて栄えた商人の屋号が付けられているなど、この地域の当時の繁栄が偲ばれます。
![]() |
![]() |
||
|
|
![]() |
![]() |
||
|
|
![]() |
![]() |
||
|
|
![]() |
![]() |
||
|
|
| 脇町には、この「うだつの町並み」以外にも「うだつ」を備えたものや白壁の蔵造りの建物がたくさんあります。それは、行政主導のものだけでなく、地域をあげての取組みとなってきています。 |
![]() |
![]() |
||
|
|
![]() |
![]() |
||
|
|
![]() |
![]() |
||
|
|
![]() |
![]() |
||
|
|
![]() |
![]() |
||
|
|
| 【うだつ】 うだつは、元来京都・奈良地方の中世末に町家の板屋根に現れたもので、板屋根の保護を目的としているものでした。大のこぎりの使えない時代では、破風板とせき板の製造が困難であり、そのため粘土質の土が多く用いられたため、防火の袖壁として役立ちました。 |
| 【うだつが上がらない】 「うだつ」の建築には相当な費用を要したことから、商人の隆盛のシンボルとなり、この防火壁を造れないことを、「うだつがあがらぬ」と言われるようになりました。因みに、現在使われている「うだつが上がらない」のことわざの語源になったのではないかと言われています。 |
































